児童虐待とお金
社会的養護をはじめとした、子どもたちの一般的な状況を発信するコラムです。
日本において、児童虐待やマルトリートメント(不適切なかかわり)によって、どれほどの経済的なコストが発生しているのでしょうか。
また、どれくらいの社会的損失がそこには生まれると考えられているのでしょうか。
花園大学の和田教授によると[1]
児童虐待による社会的コストは1年で1.6兆円といわれています。
その内訳は
直接費用(支援機関の運営費など予算として国が払ったお金)が0.1兆円
間接費用(虐待によって損なわれたと予測されるお金)が1.5兆円 となっています。
※和田先生は資料の中で、虐待による損失額は、東日本大震災の福島における初年度被害額と同等額が毎年発生していると評価されています。
虐待による死亡や疾病によって、子どもたちの未来が奪われる・損なわれてしまうことが、間接費用として計算されます。
つまり、できたであろう活動が失われてしまったことによる社会的な損失ということです。
虐待による影響は様々な部分に出てくることがわかっています。
具体的には身体的に脳の発育や免疫系統にも悪影響があること、それによって成人になって特定の疾患にかかりやすくなる傾向があるといわれています。
また、精神的にも大きなダメージを受けることで、精神疾患へのリスクも上がり、就労などが難しくなる、あるいは社会生活自体が難しくなる傾向があると言われています。これらの点は支援のなかでも実際に感じる場面が多くあります。
次に日本の虐待関連のコスト(直接費用:0.1兆円)は国際的にはどの程度なのでしょうか。
社会事業大学の調査によると[2]
日本が社会的養護に費やすお金はGDPの約0.02%と言われています。
アメリカやカナダは州によって2.6%、デンマークが0.75%、ドイツが0.23%の予算をかけています。
この割合は国によって幅があります(韓国:0.02%、ルーマニア:0.09%)が、先進国の中では低い水準にあると言われています。
また、先ほど紹介しました和田先生の報告の中でも、虐待対策のような直接費用が他国と比べて10倍以上も差があるのは、教育分野、福祉分野の一部くらいであるとも主張されています。
2つの調査について、虐待対策と社会的養護と、厳密には調査対象が一致しない可能性もあるため断定はできませんが、日本における虐待や社会的養護といった領域における支出は、相対的に非常に低いと考えられます。
ところで、社会的養護は2つの意味で「投資」であると、私は考えています。
一つは子育てとして、未来の人材をつくることです。もう一つが虐待予防という観点です。
最初に紹介した調査に沿って説明をすると、社会的養護下にいる子どもたちをケアする費用を増やすこと(直接費用)が将来起こりえる疾病や損害を防ぐことになり、また、子どもたちが社会に参加することによって、間接費用を減らすことができます。
また、虐待が起きる前の段階での親子支援を拡大していくこと(直接費用)によって、最悪の事態は避けられ、虐待において、子どもたちにとっての損失(間接費用)も少なくなると言えます。
このように、状態が悪化する前の早い段階からお金をかけて支援することは、未来に起こる損害に対応するよりも、かかる経費が少ないのはよく知られていることです。
一般に例えるなら、がん治療がわかりやすいでしょうか。
がん検診を定期的に受け、早い段階でがんを見つけられれば、身体的・精神的・経済的に負担が小さい状態で治療が受けられます。
また、社会復帰が早くできる可能性も高くなります。
がん予防をより広く見れば、生活習慣の見直しなどはより小さなコストだけで大きな利益を生み出しえますし、ここまでくるとがん以外の部分にもいい影響が出てきたりします。
このようなことが今後の児童養護施設に期待される働きであると言えます。
児童養護施設の役割として、起きてしまった虐待に対してケアすることと合わせて、そのような虐待が起きないようにする支援と、より健全な子育てができるような支援をすることも必要になっています。
ただ、現状として、社会的養護を支える人的・金銭的なシステムはギリギリの状態で動いています。時や場合によっては破綻していることもあります。
今、生きている子どもたちや、これからの子どもたちにとって最善の利益が提供できるためには、社会全体で現状を知り、適切に予算と人をかけて対応することが求められると考えられます。
そのために目黒若葉寮として、社会へ子どもたちの現状を正しくお伝えし、地域での子育て支援や虐待防止に取り組んでいく必要性があると考えています。
(目黒若葉寮 治療指導担当)
※本稿は、目黒若葉寮職員の個人的見解が含まれています。取り扱いにはご注意ください。
[1] 和田一郎 児童虐待防止政策の今後のゆくえ
https://nihonm.jp/post_article/%e5%85%90%e7%ab%a5%e8%99%90%e5%be%85%e9%98%b2%e6%ad%a2%e6%94%bf%e7%ad%96%e3%81%ae%e4%bb%8a%e5%be%8c%e3%81%ae%e3%82%86%e3%81%8f%e3%81%88%e3%83%bc%e3%80%9c%e3%83%87%e3%83%bc%e3%82%bf%e3%81%8b%e3%82%89より引用。
こちらにはその際の講演動画もあります。
[2] 日本社会事業大学社会事業研究所 平成26年度厚生労働省児童福祉問題調査研究事業課題9 社会的養護制度の国際比較に関する研究調査報告書 第3報
https://www.jcsw.ac.jp/research/kenkyujigyo/roken/jidou-3.html#h26_02